『100分de名著 こころ』(姜尚中) ― #おすすめの本

『100分de名著 こころ』(姜尚中)の概要

夏目漱石の小説『こころ』の解説本です。

誰もが一度は読んだ事のある有名な作品ですが、自分で普通に読むだけではここまでの知見は得られないだろうと思わされる1冊です。

深く、透徹した考察がなされていて、「なるほどそうだったのか!こういった考え方もあるのか!」、といった驚きが多数盛り込まれている大変よくできた優れた1冊になっています。

夏目漱石 こころ[本/雑誌] (NHK「100分de名著」ブックス) / 姜尚中/著

『100分de名著 こころ』(姜尚中)の時代背景

この小説の書かれた当時は明治時代であり、日本という近代国家の幕開けにあたる時代でした。

明治時代の始まりによって文明や技術、科学や合理的思考等、西洋流の考えや物事が持ち込まれていく中で、漱石はそこで重要視された個人という概念について『こころ』という小説で表そうとしました。

江戸時代における封建制度が終わり、個人と自由という己と自己実現を重視した価値観が発達した明治時代において、漱石はそれらがもたらす自己の孤立を『こころ』という作品で表します。

西欧化が進む中で、岡倉天心も『茶の本』等で、日本独自の文化の良さを説いており、方向性は違えども、漱石も天心も日本で進行していた現実とは異なった価値観を示そうとして、活動を繰り広げた人々である事が分かります。

『100分de名著 こころ』(姜尚中)の好きな部分

そのような近代的自我について、漱石は自我を肥大化させていった果てには周囲から孤立するしかない孤独が待ち受けている、と喝破します。

姜尚中氏は、その点について本書の中で説明していくのですが、そこからは個人的な活動の重きを減らし、自我の尊重を第一とする現代人特有の自我肥大の苦しみを軽減する、という考えを導き出す事が出来ます。

これが、個人的にこの本を読んでいて気に入った部分でした。

「自我の時代は、個人主義を生ず。

自意識の結果は神経衰弱を生ず。

神経衰弱は20世紀の共有病なり。」

漱石はこのように述べていますが、自我の肥大と孤独の蔓延(中略)といったものを小説に表したのがほかならぬ『こころ』なのです、と姜尚中氏は言います。

要するに”自分が自分が”、という自己実現を果たすために活動するという考え方も大切ですが、自我以外にも目を向けてみる事で見えてくるものもあるのではないか、と思います。

自分の属している共同体や組織での活動を重視したり、自分の周囲を取り巻く家族や友人との関係を重視したり、子育てをしたり文章を残したりする事で、後世に自分が得た素晴らしいものを伝えていったり、自分という小さな存在から解き放たれた考え方をする時、自我肥大という近代特有の悩みから抜け出すヒントのようなものがあるのではないか、と思いました。

『100分de名著 こころ』(姜尚中)で得たもの

この本の中で紹介されているのですが、漱石の記した『愚見数則』という書籍において、昔の書生は色々と遊歴し、この人ならばと思う人を先生と決め、その人のもとに落ち付いていたという説明も印象的でした。

それゆえ先生を敬う事は父兄以上であり、先生の方も弟子に対して本当の子供のように思う部分があり、真の教育がなされていたというのです。

これはなかなか面白い考えだと思いました。

自分の担当になった方が先生ではなく、自分のフィーリングにあった方が先生なのだという教えは現代社会にも応用できると思います。

学校の先生は先生として尊敬する事ができますが、それ以外に本を読んでこの人は良いな、良い考え方をしているな、と思う事があったらその方は、その人の先生になるという事です。

このように考えると人生の中で、色々な先生に出会う事ができるようになり、人生に対する感謝が深まるのではないかと思います。

例えば、道に迷って困っていたら見知らぬ方が道を教えて助けてくれた、という事があります。

その方の困っている人を助けたいという思いは、助けられる側にとって十分その人を先生として尊敬、感謝できる要素を含んでいるのではないかと思います。

学問を教える方だけが先生なのではなく、人生において大切な事を教えてくれる方が先生なのであり、そのように考えた時、例えば、人生において誰かに助けてもらった時の事を考えてみると、多数の先生の存在に思い当たるのではないか、日本社会の良い部分に思い当たるのではないかと思います。

このように漱石の先生についての考え方から、私は社会の良さについて思い至り、学ぶ事ができました。

これは、私がこの本から得たものだと思います。

『100分de名著 こころ』(姜尚中)はこんな方におすすめ

先生とKが最も違っていたのは、Kは強固な自分の世界のようなものを持っていた事です。

それを先生は要塞とか城と表現している、と姜尚中氏は言います。

そしてKの城が崩れた時Kは自殺するしかなくなったと述べられていて、これは分かるような気がします。

私も、基本的には自分の事しか考えずに、自我が傷つけられればショックを受けますし、社会的に認められなければ、不平感を抱きます。

しかし、一度自分は自分で城を築いている、そこから出ようとしていないという事に気付ければ肥大化した強固な自我を脱し、もっと平穏な境地に至る事もできるのではないか、と思いま。す

そして、肯定的に豊かな気持ちで社会に貢献していけるのではないかと思います。

『100分de名著 こころ』(姜尚中)は、自分は自我の要塞に閉じこもっているかもしれない、と思う方にはぜひおすすめしたい一冊だと思います。

私も、自分が良い仕事に就くためには何をするべきか、自分の時間を有効に使うためには何をするべきか、自分にとって最上の選択肢とは何か、という事ばかり考えていたような気がします。

そのような考え方は、狭い見地に基づいた考えだった、また自分は自我の要塞に捉われているのかも知れないと思わされます。

似たような体験をされている方には、ぜひおすすめしたい1冊だと思いました。

『100分de名著 こころ』(姜尚中)のまとめ

夏目漱石は明治時代という昔にありながら、2020年代を生きる我々が抱える問題について、既に考えを展開しており、その答えを小説の中に示していたのだという事が分かり、多くのものを得る事ができます。

それを、分かりやすい文章で示してくれた姜尚中氏の解説からも、多くのものを得る事ができます。

肥大化した自我に捉われているなと思う時、現状に満足できない時、何か窮屈な想いに捉われてあくせくしている時、自分のこころと向かい合いそこにある自分というものについて考える上で、素晴らしい洞察を与えてくれる1冊となるでしょう。