『芝桜(下)』(有吉佐和子)の概要
上巻では、正子と蔦代が少女から大人になるまでのさまざまな出来事が描かれましたが、下巻では、正子は小さな宿屋を都内に開き、蔦代はなんと大きな待合の女将となります。
正子は蔦代とは無関係の人生を生きようとするも、蔦代は何かとチョッカイをかけてきて、正子の暮らしに土足で上がり込んできます。
上巻よりもドロドロの腐れ縁が展開されます。
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『芝桜(下)』(有吉佐和子)の印象的な登場人物
主人公は、正子と蔦代のふたり。
正子は育ててもらった芸者屋の女将の娘となる養子縁組で「木村」という苗字を継ぎます。
また、時代は大正から昭和までですが、登場する街・場所については(東京都内であることは確かですが)現実の町名等は出てきません。
そのあたりが、寓話性・ファンタジー性を感じるゆえんかもしれません。
正子の一本気は、読んでいてもハラハラするほどですが、逆に言えばすごく分かりやすい人でもあります。
キャラが立っているのは、相手の蔦代です。
恐ろしいまでにサバイバルパワーのある人。
かと思うと、妙に信心深かったりします。
また、「かしこまって候」「うそと坊主の頭はゆったことがない」という決まり文句が出ると、「蔦代、かわいいなあ」と思ってしまいます。
『芝桜(下)』(有吉佐和子)の好きな場面
正子は、曲がったこと、嘘をつくことが嫌いな性分。
その真反対に蔦代は、世の中を渡っていくために虚々実々の技を繰り出して、人を騙すこともいとわない。
正子はそんな蔦代に我慢できず、何度も絶好を言いわたしますが、それでも蔦代は正子につきまとい離れません。
挙げ句には正子の行為を利用して悪事を働いたりします。
その物凄い粘着性が、「今ならストーカー?」と思うほどのパワーで、ホラーすら感じます。
そんな一つ一つの場面に、「また来た、また来た」とほくそ笑んでしまいます。
またそこがこの小説の読みどころではないでしょうか。
『芝桜(下)』(有吉佐和子)で得たもの
美しいことだけを見て、真っ直ぐに真っ正直に生きたい正子。
それに対して、清濁併せ呑んでも善悪を超えてでも、極めて大きな花を咲かせようとする蔦代。
おそらく、著者の有吉佐和子氏はその鮮烈な個性(生き方)の対比を見せることによって、「人間の業」を描きたかったんじゃないかなと思いました。
どっちが良いとか、どっちが損だとか、そういうことではなく、いかに自分の信念を曲げずに人生を生きていくか。
その大切さがわかる小説だと思います。
フィクションの小説にも「精緻なリアル、ディテール」を求める人におすすめです。
というのも、有吉佐和子氏はこの『芝桜』を書くにあたって、芸者について、置き屋について、花柳界について、非常に丹念に取材を重ねたそうです。
また、着物についても造詣が深い著者ですので、着物の素材や柄などのきめ細かい描写は「本物!」と感じさせてくれます。
『芝桜(下)』(有吉佐和子)のまとめ
この物語は、ふたりの対称的な女性の生き方を描いた本ですが、その背景となる花柳界、パトロン文化、歌舞伎、大正から昭和(戦前、戦中から戦後)の世相に興味がある人は、ぜひ読んでほしいと思います。
これほど情景豊かに描ける小説家は珍しいと思います。
『芝桜』の上下巻を読んだ方は、『木瓜(ぼけ)の花』も読むことをおすすめします。
正子と蔦代が共におばあちゃんになった時のお話です。
『芝桜』に比べると緊張感はかなり薄れますが、後日譚のような感じで、人間的にも丸くなったふたりが、実は姉妹のように感じられて気持ちもほっこりします。
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