『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上・中・下)』(富野由悠季) ― おすすめの本

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上・中・下)』(富野由悠季)の概要

何世紀か未来、宇宙移民が開始され月軌道のあたりにまで人類が生活圏を拡げた宇宙世紀と呼ばれる時代の物語。

過剰になり過ぎた人口や著しく悪化した地球環境の回復のために人類の大半は宇宙に住まうようになっていた。

一方、特例的に地球に住むことを認められた地球連邦政府の高官や大資産家など一部の人々は、次第に自分達を特権階級とみなすようになり、未だ回復途上にある地球の再開発までを行う傲慢ぶりを曝していく。

彼らが大きな影響力を持つ連邦政府全体の態度も移民者とその子孫達に高圧的なものとなっていった。

この宇宙移民者と地球居住者との対立とそれに伴う紛争が繰り返される時代のさなか、政府高官達を乗せた地球往還シャトルが身代金目当てにハイジャックされる。

たまたまシャトルに乗り合わせていた物語のキーパーソンとなる3名――対テロ部隊の指揮官、愛人業の少女、一見文弱風の青年――は協力してハイジャッカー達を制圧する。

青年の名はハサウェイ。

その正体は連邦政府の要人暗殺を繰り返すテロリスト集団のリーダーだった…

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ〈上〉 (角川文庫―スニーカー文庫)

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上・中・下)』(富野由悠季)の注目の登場人物

このハサウェイという青年、いわゆる『宇宙世紀もの』のガンダム作品の中で、主人公側の名脇役として長く出演するブライトという人物の息子にあたります。

この作品の手前のエピソードである『逆襲のシャア』において、父親の軍艦に密航してぶん殴られていたあの少年です。

その彼が(少なくとも政府側からは)テロリストとみなされる集団の首魁に収まっているという設定にまず心を掴まれました。

「地球を守るため、自称:特権階級どもを追い出す。地球に居座り続けることに法律とその拡大解釈までを利用できる連中に対抗するには、暴力を用いるほかない」…というのが彼らの活動の主旨です。

宗教的な聖地のごとく地球の保全にこだわるのは現代人には理解しがたい感覚かもしれませんが、宇宙世紀の人達は現代よりもずっと環境汚染が進行した地球を肌身で感じてきた歴史を背負っているわけです。

加えて人類の大半が宇宙に浮かべた人工の大地に住まうはめに陥っているのですから、自然のまま水があり、風が吹き、生き物が住まえる星の価値は、現代とは比較にならないほど強く人々の中に浸透していると考えていいと思います。

そう考えると『逆襲のシャア』の敵役シャアの

「隕石を地球に激突させどう足掻いても人が住めない環境にする。そうなれば地球にしがみ付いている連中も宇宙に上がらざるを得なくなる」

という一見行き過ぎた作戦も多少は理解できるのではないでしょうか。

シャアという人は地球にとって一番の害悪は人間だとよく分かっていたのと、同時に地球に住める限り人はそこに惹かれ続けることを自覚していたのでしょう。

その作戦を間近から見ていたハサウェイ少年は、同時に直前まで争っていた敵味方が陣営を超えて、隕石を逸らすため我が身を捨ててぶつかっていく様も目撃しています。

シャアの意図はわかりますが、蒼い星の危機に対する人々の団結も見た訳です。

地球そのものにまで大打撃を与えることに疑問を抱き、

「驕ったムカつく奴らをピンポイントで始末していく地球にやさしい暗殺テロ」

に身を投じたのではないでしょうか。

テロを行っている人物を推すからにはそこにまで至る経緯についてそれなりの解説が必要と感じます。

地球規模の連邦政府という強大すぎる相手に小規模な組織で戦いを挑むこのハサウェイという人物が気に入っているのです。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上・中・下)』(富野由悠季)の好きな場面

この物語にはハサウェイの他に2人のキーパーソンがいます。

連邦軍の対テロ部隊の司令官――ケネス、そして愛人業の少女――ギギです。

設定年齢はハサウェイが20代半ば、ケネスの階級は大佐→准将なのでいくら若く見えてもたぶん40歳前後、ギギはハイティーン。

何せテロ組織のリーダーと対テロ部隊の司令官ですから、ハサウェイの組織とケネスの部隊は当然対立し、ギギはある種の直観に従って2人の間を飛び回る役どころです。

お気に入りとして特定の場面を挙げることもできるのですが、ネタバレまみれは必至なので、この3人のうち2人以上が絡む場面の全て、としておきます。

この年齢も立場も異なる彼らの関係に、出会いから別れに至るまで大きな変化がないことがとても羨ましい。

ある人物の社会的立場が明らかになったときは人間関係も相応に変わっていく場合が大半でしょうが、彼ら3人の関係は互いの属性が見えてきてもブレがない。

かといって距離をとった冷めた関係というわけでもなく、出会った直後のごく短期間で互いを把握し、隔たりも含めて大掴みながら理解し合っているふしがあります。

付随する属性に左右されず、感じ取った人物像を信じ、気負いなくそのままの関係を維持し続けられるのはすごいことではないでしょうか。

「宇宙世紀もの」のガンダムの物語で語られる重要な概念に「ニュータイプ」という存在があります。著者が作品を超えて繰り返す「ニュータイプとは誤解なく理解しあえる人々のこと」を本義とするならば、本作もニュータイプたちの物語であるとして間違いないでしょう。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上・中・下)』(富野由悠季)で得たもの

集団同士の対立が高じて暴力による応酬の段階に至ってしまえば、双方の構成員の間に個人的な繋がりがあったとしても、集団の引力を振り払うのはとても難しいことだと痛感させられました。

前記のニュータイプ論ではないですが、仮に人類が進化して誤解なく理解し合えるような新たな段階に至れたとしても、人々の間に大きな分断や差別が残されていれば悲劇はいつまでも続くでしょう。

よって現実のおいても世界に分断を生む、または既存の隔たりを拡大させるような真似はしないこと。

そして今あるわだかまりは解いていく、解けないまでも緩和していく努力を怠るべきではないと強く思います。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上・中・下)』(富野由悠季)はこんな方におすすめ

「宇宙世紀もの」のガンダム作品が好きな方で、背景になっている世界設定や宇宙世紀の歴史にも興味がある方におすすめです。

ガンダム作品の魅力=メカの魅力とみている方々は多いでしょうが、世界設定及びそこに生きる人々の苦悩や葛藤のリアルさも大きな魅力だと思うのです。

小説という媒体は具体的なビジュアルには乏しいですが、そのぶん登場する人や世界の内面を深く覗かせてくれます。