『私の食物誌』(吉田健一) ― おすすめの本

『私の食物誌』(吉田健一)の概要

翻訳、文芸批評、エッセイスト、そして食通として知られた吉田健一氏が「自分がこれまでに食べて美味しかったもの」を述べたエッセイです。

取り上げられている食べ物は90以上に登り、それぞれの食べ物について1ページから2ページ程度の短文エッセイが書かれている、と言う内容です。

どこから読んでも楽しめる内容です。

適当に開いたページから読むというのも『私の食物誌』(吉田健一)の楽しみ方の1つになります。

書かれている内容は様々で、時には時代の移り変わりを感じさせたり、文化の違いを感じさせたり、特に面白いのは吉田健一氏独特の語り口を最も良く味わうことが出来る1冊である、という点です。

登場する食べ物は日本国内のものですが、いわゆる食通が喜びそうな物は一つもなく「信越線長岡駅の弁当」など全く予想もしない食べ物がずらりと並びます。

吉田健一氏という、多分、もうこんな人は出てこないであろう人物が残した不思議な、けれど、最も吉田健一氏らしいエッセイです。



『私の食物誌』(吉田健一)の印象的な登場人物

このエッセイはただ、単に「こんなに美味しいものがある」ということを書いているのではなく、それを食べている吉田健一氏の頭の中で、どんどん想像力が広がっていき、それらを自分なりに整理してみると「そういえば、そういうことかもしれない」という食べ物を通じて吉田健一氏が感じたことが、そのまま言葉にされていると言う点です。

それは”時代批評”あるいは”文明批評”といった大袈裟なものではなく吉田健一氏の感想でしかないのに、妙にそれが心に響いてくるのです。

そして、それが日本の文学界の中でも非常にユニークな存在であった吉田健一氏の真骨頂なのだと思います。

つまり”吉田健一氏を知りたければ、この本を読め”ば良いのです。

初めて読まれる方は「こんな文章が残されていたのか」と驚かれるかも知れません。

現代の作家で、こんなエッセイを書ける方は、もういらっしゃらないし、今後、現れることも無いように思えます。

何故なら、私の食物誌は吉田健一という人であったからこそ「出来た経験」であり「書けた文章」だからです。未読の方は一読をお勧めします。

『私の食物誌』(吉田健一)の好きな場面

「大阪のかやく飯」というエピソードがあり、最後に「大阪のかやく飯は東京の貧民の口に入るものではない」と締めくくられています。

吉田健一氏にしては珍しく決めつけたような言い方であり、何か訴えたいことがあるような感じがしました。

この一節は東京首都圏に住む方なら、とても気になる一節でもあります。

大阪に行って「かやく飯専門店」で実際に食べてみて初めて吉田健一氏の言いたかった事が理解できると思います。

確かにこれは美味しいけれど、おそらく何の事前知識もない状態で食べたら大多数の東京人は「まぁ、こんなものなんじゃないの」とでも言いそうな物であったからです。

「大阪のかやく飯」は大阪人のものであり、濃い味が好きな関東人にはその微妙で淡く、けれど奥深い美味しさは味わいきれないものだと思い知らされるでしょう。

これは多分、歴史の長さの差に起因するのだと思います。

京都、大阪は東京より遥か前から栄えていた場所です。

それは、そこに暮らす人々の文明感度として現れているのかも知れません。

こんなことを考えるのも吉田健一氏の、あの表現があるからです。

そうでなければ、気が付くことはないでしょう。

その一方、「そんなことを知って一体、何になるんだい?」という吉田健一氏の笑顔が頭の中を横切ることでしょう。

『私の食物誌』(吉田健一)を読んで、ぜひご自身で経験されることをおすすめします。

『私の食物誌』(吉田健一)で得たもの

この食べ物を中心としたエッセイは「日本の米」というエピソードで終わりを迎えます。

私達日本人は生まれた時から米をなんの疑いもなく主食として食べていますが、実は世界の民族の中で米を主食としている民族は非常に少ないのです。

そして「わさび漬け」とか「金山寺みそ」等と米があれば、それで十分に満足できるほど美味しい食事が出来るというのは日本くらいしかない、という事実にあらためて気づかされます。

「ジャガイモや麦を作っている民族が憐まれる」という吉田健一氏の言葉は、いかに私達が世界全体から見て運が良いかを教えてくれます。

案外に見過ごされている「私達の運の良さ」にあらためて気づかされるのが、こういった些末な一面から、いかにも「本物」らしく納得できてしまうのです。

現在においては少し問題になりそうな表現ではありますが、今でもグルメ番組でタレント達が日本食を食べて「日本人に生まれて良かった」というようなコメントを出すのと同じような感覚ではないでしょうか?

『私の食物誌』(吉田健一)はこんな方におすすめ

私達の日々の暮らし、というのは「同じことの繰り返し」でもあります。

見ようによっては「同じことを繰り返していれば生活が出来る」日本という国は、なんと平和な国なんだとも言えるでしょう。

紛争地帯では「同じことの繰り返しで生活が成り立つ」ということは無いでしょう。

だから、それ以上を望むのは贅沢であるとも言えます。

けれど「やはり繰り返すだけの日常」だけでは物足りなくなる時があると思います。

そんな時に読む本として、『私の食物誌』(吉田健一)を強くおすすめします。

これほど不思議なことが正しく書いてある本はないからです。

『私の食物誌』(吉田健一)のまとめ

戦後の日本の建て直しに尽力された吉田茂首相の長男でありながら政治の道には進まず、文学の道に進まれた吉田健一氏は、一般庶民である我々にはとても経験できないようなエピソードを沢山お持ちです。

松本清張氏をして「吉田学校」とまで言われるほど、後の日本の政界をけん引してきた吉田家に育った吉田健一氏の経験が一般庶民のものと同じであるはずがないのです。

父親である吉田茂氏からみたら「不肖の息子」であったらしい吉田健一氏ですが、その不思議な魅力は今でも私達を引き付けてやみません。

それは独特の語り口だけではなく、文章の奥底に秘められた鋭い知性と無限大の想像力と知識、そして何よりもちょっと皮肉っぽい面白がり屋さんらしい吉田健一氏の性格に起因するようです。

話は少し変わりますが、長く閣僚を務められていた麻生太郎さんは吉田一郎さんの甥にあたり、麻生さんから見たら、吉田一郎さんは「叔父さん」にあたります。

なんとまぁ、お二人の笑顔の似ていること。

同じ血筋だなぁと感じます。

そして麻生太郎さんが時折見せる、ちょっとユニークでユーモラスな一面は、きっと吉田健一氏から受け継いだものなのだろうなと思ったりします。

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